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2004/05/22

たいした影響のない台風情報はローカルニュースでやってくれ

テレビ局は、関東の沖合遠くを通過するだけの、たいしたことのない台風のニュースを延々と全国ニュースの時間で扱わないでほしいものです。

21日朝の飛行機で東京にやってきましたが、今回はちょっと台風の進路が心配でした。6,7月の台風は何日も停滞することも多く、気象庁の予報もあまりあてになりません。さらに今回は何せ5月ですから。

幸い出発前夜には、台風は日本の本土から遠いところを通過しそうだとわかり、安心して旅行の準備をしていました。しかしNHKニュースでは台風をトップで伝え、和歌山・静岡・千葉の港から三元中継です。海で仕事をしている方は船の避難など警戒が必要ですが、あの距離では一般市民の生活には特に影響はないはずです。24時間予想雨量も100ミリ程度ですし。また中継で大騒ぎのわりには海や空の便の欠航情報は伝えてくれません。飛行機が普通に飛ぶくらいの台風なら、全国ニュースで大きく報道する必要はないのです。

いっぽう、同規模の台風が九州や沖縄を直撃しても、24時間予想雨量が300ミリでも、全国ニュースではさほどの扱いはありません。死者が出ることもあるのに。そのぶんローカルニュースが各地の中継を入れて詳しく伝えてくれますので文句はありませんが。

九州・沖縄に比べて関東の人が台風に慣れていないのはわかりますが、関東沖合を通るだけの台風に、全国ニュースで九州に上陸する台風より長い時間をとる必要はありません。大きく扱うのは関東ローカルでやってください。


余談ですが、朝のローカルニュースで「昼過ぎから雨がぱらつく恐れが」と言ってるそばで既に雨が降り出しているという経験をときどきします。最近はテレビの天気図と雨雲写真をみるだけで、私のような素人でも気象台より正確なピンポイント予報が出せるようになりました。便利になったものです。その分雨雲レーダーが「湿舌」の様相を呈すると、1982年の長崎大水害の日の雨を思い出して警戒してしまいます。あの日は3時間で300ミリ降ったわけで。

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2004/05/19

医療はサービス業か

このテーマは議論しても答えの出にくいもののひとつだと思われ、採用する論拠によって「サービス業である」「サービス業とはいえない」のどちらとも言うことができます。ディベート大会の題材に適しているかもしれません。私はどちらかというと心情的にはサービス業肯定派でやってきました。日曜日に教えてもらって初めて知ったのですが、平成7年度の厚生白書が「サービス業」だと述べているそうです。

 厚生労働省の白書等データベースで1995年を「サービス業」で検索すると、簡単に見つかりました。

医療は,産業としては第三次産業の中のサービス業としてとらえられている。
 まぁ議論はともかく、厚生労働省が今後の白書で否定するまでは、「医療はサービス業」と言っておいても言い負かされることはないかな、などと卑怯なことを考えてしまいました。

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2004/05/16

今週は「患者中心の医療」週間

 きょうは、大阪で開催されたCOML医療フォーラム2004「どうすれば実現するの?“患者中心の医療”」に初めて参加してきました。印象に残った言葉を私なりの脚色で挙げてみます。

 医療の結果が期待どおりならそれまでの過程の不満も消えるが、そうでないとき不満は火を噴く(杏林大 川村氏)。

 医師の技能と態度はどちらが患者満足につながるか。感染症など治る病気ではむしろ前者、慢性病だと後者の比重が増してくる(千葉大病院 生坂氏)。

 今日来てみて、全面禁煙で空いた喫煙室を患者情報室に改装しようかと思うようになった(都立豊島病院 関口氏)。

 アドボカシー室への最大の評価は「あそこに相談すれば必ず回答をくれる」という信頼だった(七沢リハビリテーション病院 鶴田氏)。

 来週日曜日は東京でシンポジウム“患者中心の参加型医療をめざして2004”「患者安全と快適空間の創造」の司会をすることになっていますので、私にとって今週はさながら「患者中心の医療」ウイークという感じです。この言葉自体はいまどきどこの医療機関の「理念」にも出てきそうな言葉ですが、改めて考え直す良い機会になりました。

 23日のシンポジウムの詳細はHCRM研究会からどうぞ。

 いっそ毎年COMLとHCRMが組んで、1週おきに東西でフォーラムとシンポジウムをやれば、本当に「患者中心の医療」週間という名が定着するかも。。。

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2004/05/08

実験だけで終わる遠隔医療は補助金の墓場になっていないか

ある「国内初」の遠隔医療に関する記者発表のお知らせが届きました。

国内で初めて、商用回線を利用して遠隔地から内視鏡外科手術用カメラの視野を制御した「遠隔共同手術」
とのことです。

 私も実際に役に立っている遠隔医療の実務をやっていますので、遠隔医療が現実に利用されるための条件は理解しているつもりです。私見では、コストに見合う効果、人のつながりの存在、救命への貢献です。

今後、医療界において広く利用される見込みがあり、医療の質と安全性の向上、国民医療への向上に大きく寄与できると考えております。
 私は「○○初の遠隔医療」と聞くとまず疑ってかかることにしています。今回も私には広く利用されるとは信じられません。
 
 商用回線を利用した遠隔医療自体は新しいものではなく、長崎の離島では1991年からCT画像の伝送を行っており、福岡の病院と長崎県対馬の病院の間では、商用回線を利用して離島の病院の心臓カテーテル手技の支援を97年頃から行い、多くの患者さんが救われています。これはあくまで見ながらアドバイスする「支援」であって「遠隔操作」ではありません。
 一方手術の遠隔操作も2001年頃から実験されているはずですが、専用の光ファイバーなどでの遠隔手術さえ普及していません。一言で言えばリスクに見合う需要がないからです。商用回線にすれば普及するとは思えません。

 遠隔医療の歴史は、「実験のための実験」の歴史だと思います。「補助金の墓場」と言っても良いかもしれません。従来華々しく報道された遠隔医療の実験が実用化された例をいくつ挙げることができるでしょうか。
 
 くだらない数字ですが、Googleで「遠隔医療」を検索すると18500件、「遠隔医療」「実験」は5580件、「遠隔医療」「実用」は773件しかありません。ドクターヘリ、ES細胞、肝移植など他の言葉と比べてみると興味深いです。
 我が国の遠隔医療は内視鏡手術より20年も歴史が古い1971年に始まったのですが、いつまでたっても実験ばかりやっているような気がします。

参考
遠隔医療システム研究会
日本における遠隔医療(1998) 現在最新調査が進行中

ニューヨークとストラスブールで遠隔手術(2001)
大西洋越し遠隔手術

太平洋をまたぐ手術を企画(2001)

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2004/05/01

医療に関するblog探訪(4) 未来の研修医へのプロモーション活動で苦悩する

 このシリーズもずいぶん間が空きましたが、その間もいろんな医療にまつわるblogを見て回っていました。その中のひとつ、毎日のようにパワフルに更新されてるblogで「あーっ、それだけは書いちゃだめだよ」という記事を見つけて恐くなりました。良いことを100書いても、1個の地雷を踏んでしまえば全ては終わりです。過去にとりあげさせていただいた3人の方々は、幸いにそのようなことはないようで、安心して見にいけます。

 で、今回4つめのblogを選ばせていただくことにしました。もう一か月以上前からチェックしている、「ちりんのblog」さん。日記サイト「ちりんの部屋」の草稿用とのことです。この方は医学生とのことで、私がそうだった頃の文章力と比べると、天と地ほどの差があるように思います。
 特にblog版の方は、1,2行に凝縮されたコメントが、謎掛けのように読む者の脳を攻め立ててきます。そのリンク先にも私の知らない世界が広がっていて、まだ底が見えません。たくさんの記述の中には、ひょっとすると「それを書いちゃおしまいだよ」という内容も含まれているのかもしれませんが、あの話題の量に対して私の読解力でチェックするのは不可能なようです(笑)。

 さて、 ずっと前から4回目はこちらと決めていたのですが、なぜ書くまでにこんなに時間がかかったのか、またこのところなぜこちらの投稿数が減っているのかというと、日本に帰ったとたんの4月から「臨床教育・研修センター」(別名臨床研修・教育センター)にも配属されたためです。それも未来の研修医に対してインターネットを駆使した広報・マーケティング活動を仕掛けるというのが私の役目。他のスタッフと「今どきの医学生は何を考え、望んでいるのか?」という話になると、この「ちりんのblog」のことが思い出されて苦悩が深くなります。仕方なく文章より動画で勝負しようと、放送局の副調整室みたいな小部屋で難解なAdobe Premiereとマニュアルも読まずに格闘する日々。ようやく初歩的な操作は身に付いてきたようです。

 金曜夜には研修センターのメールマガジンの第一号も無事配信することができ、連休は安心して本業と医療安全の懸案にとりかかれそうな感じです。

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