キャリーラボのMZ-80B用ワープロ JET-1000Aのこと
JET-1000Aは、シャープの8ビットパソコン MZ-80B用にキャリーラボが出した、余りに野心的すぎる日本語ワープロソフトでした。私のところに届いたのは100201というシリアルナンバーでしたが、ひょっとすると自分が購入第1号なのではないかと本気で心配したものです。JETとは、Japanese Editing Toolの略だったと思います。
MZ-80Bでこのシステムを動かすにはたくさんのオプションパーツが必要です。
まずはV-RAMボード(定価39,000円)。これはゲームをするには必需品なので、本体と同時購入していました。
次にフロッピードライブ2台(アイテム社製、178,000円?)プログラムやデータが増えたので1年くらいして購入済みでした。
更にJET-1000Aを動かすためにEPSONの漢字プリンタMP-80K(189,000円?)が必要でした。なんとこのプリンタはMZ-80Bの動作保証対象外。JETのパッケージには、フロッピーディスクとともに、専用のパラレルインターフェースボードが付属していました。MP-80Kはシャープ製のインターフェースボードを使わず、キャリーラボの専用ボードで接続するのです。私はそれまでプリンタは持っていなかったのですが、MP-80KもJETのために同時購入。
一つ忘れていないかと思った方がおられるかも知れません。そう、漢字ROMボードです。漢字ROMボードがラインアップされてくるのはMZ-2000以降ですので、JET-1000Aではフロッピーディスクに漢字フォントパターンを格納していたのです。プリンタは漢字ROMがあるので、印刷時には漢字コードのみを送っていました。
想像してみて下さい。4MHzの8bit CPU, 64KBのRAM, 320KBの5インチFDD2基、320×200のグリーンディスプレイ画面で動く日本語ワープロです。おまけに漢字イメージをフロッピーから読み込んで表示する。とても実用になりそうに思えないのですが、実際にはそれなりに(当時の感覚では充分に)使えたのです。キャリーラボの技術力の面目躍如でしょうか。
画面上には最大20×10文字しか表示されません。といっても、その後のポータブルワープロではもっと狭い画面もあったわけですが。RAM上にキャッシュされていない漢字やひらがなが出現すると、「シャカシャカッ」とFDDが動いて漢字がへんやつくりなどの部品に分かれて表示されてきます。何文字かタイプして変換、「シャカシャカッ」、また打って変換、「シャカシャカ」てなリズムでした。
当時のJETでは、文節変換以前の終止形変換でしたので、「終わりました」を入力するには「終わる」を出してから「る」を削除して「りました」と打つ必要がありました。これでは困るので、独自に「語幹変換」をルールにして徹底的に辞書を鍛えました。何せ「ユーザー辞書」の概念もないフロッピー上の辞書ですから、すべての辞書が編集可能です。「終わる」を削除して、「終わ」を登録します。すると、おわ[変換]りました[確定]で「終わりました」が出るようになります。こうして辞書を鍛えたJETで文書作成をすると、大学の研究室の先生が舌を巻くほどの速度で文章が入力できるようになりました。当然ローマ字変換などもありませんから、私がJISカナキーボードに最も熟練していた時期だったと思います。最近だとWindows CEの手書き認識よりは速かったかもしれません(笑)。
そうやって、このJETで大学祭のバンフレットなど何冊かの版下を作った覚えがあります。そのうちにPC-9801が出て、エイセルのJWORDというワープロとNECの漢字プリンタを使うようになるまでの間は、このシステムで日本語文章を作っていたわけです。
24ドットの漢字印刷が可能になったのは、その後にMZ-5521とMZ-1P03を買ってもらってからなのですが、その価格を思い出すと目眩がしそうです。それでも第二水準漢字は出せなかったので、友人が購入したMZ-1P10と第二水準漢字ROMの揃ったマシンが必要でした。
おまけ
FDDはシャープ純正のMZ-80FDは298000円だったので、手が出ずに他社製を購入したのですが、今思うと、しばらくの間は純正のMZ-80FDを使っていました。確か注文したサードパーティ品の入荷が大幅に遅れ、ショップの人がお詫びに純正品を貸し出してくれていたように思います。古き良き時代でした。
キャリーラポは、MP-80Kを接続するI/Fボードのために、ANK文字を印刷できるドライバ(?)は付属させていましたが、それ以外の用途にはこのプリンタは上手く使えませんでした。エスケープコードが純正ボードと違ったのか、MP-80Kの機能コードを上手く送ることができず、画面のハードコピーなどが上手くとれませんでした。そこで、シャープのFDOSでアセンブラを勉強し、インターフェースボードの解析を経て、この環境でめでたく画面ハードコピーをMP-80Kに出せるプログラムを自作できました。これが私の唯一のマシン語自作プログラムです。
その後もキャリーラボはいくつかの8ビット機用にワープロを出したようですが、漢字の印刷方法も、MP-80Kのようにプリンタ内蔵の漢字ROMに頼るのでなく、汎用プリンタのグラフィックモードでの高密度双方向印刷で18ないし16ドットのビットマップで表現する時代となりました。MZ-80B用に後から出たJET-1100Aはこのタイプだったと思われます。更に漢字ROM搭載機ではフロッピーからの漢字フォント展開もなくなりました。技術的にはフロッピーからの漢字フォント展開、独自プリンタ接続ボードを備えたJET-1000Aが最高峰と言えるかも知れませんね。
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コメント
うを〜、懐かしい。そういえばJETはフォントデータをディスクから読み込んでましたね。今のPCはすべてそうです。
MZ-80Cも基本OSしか乗ってなくて、BASICやらFORTRANやらPASCALやら、その他大勢の怪しい言語アプリが記録されたカセットテープを読み込んでました。
考え方としては先進的でしたね。
もしかして、まだ持っているとか。 たぶん(^o^)
投稿: MZ-80C | 2011/04/01 02:12
コメントありがとうございました。時節柄仕事が忙しくて見落としていました。MZ-80Bは大学の後輩に売ってしまいました。買い戻しておけば良かった。その後のMZ-5521は実家の押し入れに、いただいたプリンタともども眠っているはずです。思えばMZ-80Cは、カセットテープを買ってくれば今でも使えます。5インチフロッピーが入手困難になると、カセットテープベースのコンピュータの方が長寿命ということですよね。
投稿: ynb | 2011/04/07 18:44
自分はMZ−2000でJET-2000を使ってました。超懐かしいです(笑)
スペースキーによる変換が1983年にジャストシステムによって発明されたという記事を読んで、当時を思い出そうとJETを検索していてたどり着きました。
投稿: 【めのう】 | 2015/06/16 11:47