学会の彼岸-学術集会コンテンツの録画とタイムシフト活用
エクストリーム・シンポジウムやサイバーアメーバ学会など、新世代の学術発表のあり方を私なりに研究してきましたが、これらの原点は、医師向けの就職情報誌ジャミックジャーナル2005年5月号に掲載された「ご近所の愛 第5回 裏録、W録、タイムマシン」まで遡ります。最近この関係で問い合せを受けたので、一部リライトして公開することにします。地デジ化の遙か以前の文章ですので、一部現代に合わないところはご了承ください。
裏録、W録、タイムマシン
学会シーズンがやってきました。私は仕事柄、医療以外のセミナーや展示会にも参加することがあります。最近もIT業界の展示会とセミナーに行ってきました。
ペイパービュー
そこでは企業展示、有料セミナー、無料の基調講演やセミナーなど、さまざまな催しが複数のトラックに分かれて並行開催されていました。3日間の会期でしたが、私は初日の午後だけ参加し有料セミナーをひとつだけ受講しました。受講料は4時間で14,800円。自腹を切るにはちょっと値が張ります。3日間の有料セミナーをすべて受講すると60,000円を超える場合もあります。しかし展示ホールと無料セミナーのみなら2,000円、事前登録なら完全に無料になります。
(とはいえ、こちらの情報は取られるし、各社のキャンペーンガールに名刺を何枚もわたさねばなりません。無料と言ってもただではすまないカラクリになっているのは現代の常識‥‥)
医療系でもモダンホスピタルショウというイベントはこれと似たような仕組みになっており、展示会系のイベントの多くは、このように自分の聞きたい話だけにお金を払って参加するといったことがことが可能なようです。
ベーシックパック
医学分野の学術集会に目を転じてみると、参加費は会期全体で一定額ということがほとんどで、同じように複数トラックでの開催です。大きな学会では10会場で同時進行なんてこともあります。
会場数が増えるにつれ、見たい発表が重なる可能性も高くなります。一番興味のある会場を選んで行けば良いのですが、運悪く別会場で座長を担当させられたり‥‥。そんなとき、無性に腹が立つのです。「お金を払っているのにどうして希望する演題が見られないんだ」と。たとえば10トラックの学会の参加費は、実は「会期中に全体の1/10の発表を見る権利」を買っているに過ぎないわけです。それも見たいものが見られるという保証はありません。不条理だと思いませんか?
デジタル家電の衝撃
もうお気づきだと思いますが、こちらの図を見てください。
学会の日程表はテレビの番組表に似ています。見たいテレビ番組が重なったときはどうしていますか?裏番組を録画しますよね。
現在では表でDVDを見ながら裏でテレビ番組を録画できるとか[裏録]、2つのチャンネルをDVDとHDD(ハードディスク)に同時録画するなどといった製品が出ています[W録]。極めつけは6チャンネルの放送内容を過去1週間分丸ごと蓄えておいて、あとで好きなときに呼び出せるという、[タイムマシン]機能を備えたパソコンまであります。
わが家にホームビデオがやってきたのは25年前です。近年一部の学術集会の内容がビデオオンデマンド配信されていますが、学会の運営スタイルは25年前と比べてどの程度進歩しているでしょうか?
自宅にいながらシアター体験
まず、学会のコンテンツは全て録画して参加者に提供できるようにすべきです。10会場ある学会の参加費は1/10の権利を買っているわけですから、その10倍とは言わずとも2倍、3倍の価格なら全発表を収録したDVDを購入する会員がいると思います。座長や発表者には、裏番組を無料で提供するサービスもあって良いでしょう。
集会に不参加だった会員への販売も考えられます。私のように日本の西端に住んでいますと、東京の学会に参加するには最低でも50,000円の旅費がかかります。裏返して言うと、参加できなかった会員の中には参加費プラス50,000円でもビデオを買う人がいるということです。
ここからは発表者に許諾を得る必要がありますが、非会員への販売の可能性もあります。学会の年会費を考慮した値付けがふさわしいでしょう。その他にもセッションごとのバラ売りとか、考え出せばきりがありません。価格体系の例をまとめてみました。
当日参加 | 10,000円 |
当日参加+全発表DVD | 30,000円 |
不参加者向け全発表DVD | 60,000円(参加証つき) |
非会員向け全発表DVD | 90,000円 |
こうなると学術集会の位置づけも変わってくるのではと思います。発表は事前視聴にして、討論と懇親会だけの集会など。
以上、近々学会を主催予定の方がいらっしゃいましたら、ぜひご検討ください。「コンテンツの二次利用で収益を上げて、学会当日の参加費を下げてほしい」というのが私の本音ですけれど。
(ジャミックジャーナル 2005年5月号)
TwitterやFacebookなどソーシャルメディア全盛の2012年の今、学会の存在意義が問われているような気がします。その場に行けば専門的な発表が見聞きでき、専門家と交流できる機会としての学術集会の意義のうち、前者の意義が薄れつつあるのではないかと思います。もちろんpeer reviewのある学術雑誌を持つ意味は大きいでしょうが、学際的な分野など、分野によっては学会自体が世間から取り残されてしまう危険もあり、そうなると学術雑誌の権威も「裸の王様」と化してしまいます。
もう「学会」という枠に囚われる時代は過去のものになりつつあるのかもしれません。理事長や理事を決めて法人化し、年会費を集め、毎年持ち回りで集会を開かなくても、テーマに興味を持つ人達が自然発生的に単発イベントを開催し、Twitter等で呼びかければ充分成立する時代になってきたようです。学会とりわけ定例の学術集会については、再考の余地が充分にあるように思います。
リンク: NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する: 学会とは何か?、その存在意義とは何か? : 学会員の減少がはじまっている!?.
おまけ
「学会の彼岸」という変なタイトルをつけてみました。最近NIFTY-Serveかぶれの私が、往時ある人が書いた「フォーラムの彼岸」という投稿を思い出したからです。内容は良く覚えていませんが、この不思議なタイトルは今でも印象に残っています。もとのタイトルは「学術団体としての学会はいまどきまだ必要か」でした。
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